つい先日、いとこが旅立ちました。

 

母まさこの旅立ち後、何かと気にかけてくれた人です。

自分のことを大切に。自分のことを一番に。

 

まさこの四十九日までは頻繁に会っていたものの、

ここ数年は行き来することも無くなっていました。

 

満68歳という若さでの旅立ちに驚きましたが

その一方で、あぁやっぱりという思いもあります。

 

母まさこは、ずいぶん前から

いとこの食生活を心配していました。

 

それは私も感じるところがあり、

このままでは長生きしないだろう…そう思っていました。

 

いとこの表情はとても安らかで

本当に寝ているようにしか見えません。

 

すぐに起きだして、元気に話しだしそうな雰囲気で

楽しかったいろんな思い出にひたることができました。

 

葬儀に向かう前、久しぶりに筆ペンを使いました。

ふだんは筆ペンを使わないので

自分の名前を書くだけでもちょっと緊張しますね。

 

それでも、2~3回練習すればペンの特性もつかめるので

香典袋の準備はすぐに終わりました。

 

私は達筆ではありませんが、

文字に対するコンプレックスが無いまま過ごしてきました。

 

それは母まさこのおかげなんです。

 

私は子どもの頃、書道教室に通っていました。

 

書道を始めたきっかけはすっかり忘れていましたが

ある時、まさこからこう言われました。

 

「自分は字が下手だから、娘には字を習わせたかった」と。

 

習い始めて4年目はこんな感じでした。

決して達筆ではないけれど、

「(文字が)読めない」と言われたことは一度もありません。

 

同じ頃、お寺の住職も書道を習っていました。

 

少々やんちゃな部分があった彼は

書道が性に合わなかったのか、いつの間にか姿を見なくなりました。

 

それから約10年後。

 

住職の父親が急逝しました。

 

父親に代わって葬儀を勤める住職を

周りはあたたかい目で見守っていました。

 

読経などはしっかり学んでいたようで

卒なくこなしていましたが。

 

「塔婆」は見るに堪えないものでした。

少年のあの頃、やるべき時にやっておけば

恥ずかしい思いをせずにすんだのに。

 

いま現在は、達筆な弟さんが書いていますが

葬儀のたびにあの「下手な塔婆」を思い出します。

 

「なさねば成らぬ」とは、まさにその通り。

 

とはいえ、私自身、人のことは言えません。

 

「人のふり見て我がふり直せ」をあらためて痛感しました。

 

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