母まさこがいなくなった空間で暮らすことに
すっかり慣れたものの、
時折ふと「もうここにはいない」とか
「ここには帰ってこない」などと思う瞬間があります。
どういうわけか、まさこを思い出すとき
それは後ろ姿ばかりです。不思議ですね。
思えば、まさこは正面にいるというより
「いつも隣にいる」という存在でした。
まさこを正面から見るようになったのは
3年前、まさこが入院してから。
そして、在宅介護の期間があったからこそ
しっかり目を見てまさこと話ができたような気がします。
在宅介護が始まる頃、まさこはすでに寝たきりだったので
自分で身動きすることはほとんどありませんでした。
まさこがわずかでも体を動かすと
そのたびに私は大喜びし、その一つ一つが忘れられない思い出になりました。
今でも目に焼きついているのは
まさこがバイバイと手を振ってくれた姿です。
それはまさに1年前の今日。
まさこは緊急入院していました。
入院3日目頃には看護師さんと話ができたり
背後にいる主治医を振り返って見たり、
回復してきたようにも見えました。
が、その後、声をかけても目を開けない日もありました。
目も開けず、返事もしないまさこに向かって、私は
畑で収穫した野菜や、それを使ったレシピの話など
他愛のないことを一方的に話しかけていました。
そして。
「明日また来るよ。バイバイ」という私に
まさこは私の方を見て右手をわずかに振りました。
その姿に私は感動し、
「まさこはまだまだ大丈夫」と自分に言い聞かせていました。
その後。
まさこは目を開けても、瞳が全く動かなくなりました。
まさこの生命力を信じ続けた私ですが、日を追うごとに
「あのバイバイは最後の姿かも」という思いが募っていきました。
バイバイしてから約3週間後、まさこは旅立ちました。
最後のバイバイは、私だけに見せてくれた姿です。
たった1年でしたが、まさこのそばにいた私に
ご褒美として最後に見せてくれた、そんな気がします。